【留学編】シエナのお正月・2011




寒さがいっそう厳しくなってきた年の暮れ、下宿に小包みが一つ届いた。

うちに下宿している少女が、包みを開けるなり歓声を上げる。
よほど良いものが入っていたのか、その場でぴょんぴょん飛び跳ねて喜んでいる。
そんな彼女の様子を、コーヒーを片手に微笑ましく眺めていると、
彼女が小包みを抱えて、ぱたぱたと駆け寄ってきた。
「ミルズさん!見て見て、これ、実家から送ってもらったんです!」
彼女がそう言いながら、嬉々として差し出した箱を覗き込むと、
中にはビニールでパック包装された四角いものが十数個、きちんと詰められていた。
「…何だい、これ?…石鹸?」
この国では見慣れない、白いブロックのようなものを前に反応に困っていると、彼女は首を振って、
「違いますよー、お餅ですよ、お餅!」

彼女の話によると、その「オモチ」というのは、日本人が毎年この時季になると食べるものらしい。
一見して食べ物には見えないけど、彼女がこんなに喜んでいるんだから、きっと美味しいものなんだろう…

「日本にいたころは毎年食べてたから、お正月にお餅がないと、なんだか落ち着かなくて。
 実家の母に頼んで、送ってもらったんです」
どうやって食べようかなー、お雑煮に、お汁粉に、のり巻きも美味しいし、
そうだ、チーズ乗せて焼くのもいいかも!
などと一頻りはしゃいだ後、
「今年のお正月は、ミルズさんたちに日本の伝統料理をごちそうしますね!」
満面の笑顔でそう言った彼女に、僕も微笑みを返した。


****


そうして迎えた、大晦日の昼下がり。

「えーっ、セルト、お正月も仕事なの!?」
電話の向こうにいるセルトの言葉に、私は思わず大きな声を上げてしまった。
なんでも、セルトの担当している区域内で大きな事件が起きて、
警察官の彼らが、休み返上で駆り出されることになったらしい。
「せっかく三人でお祝いしようと思ってたのにー」
『そう言うな、こっちも仕事なんだから。…早ければ二、三日で帰れるはずだから』

それだけ言うと、セルトは忙しそうに電話を切ってしまった。
受話器の向こうに消えたセルトを恨めしそうに見つめて、私はその場で溜息をつく。

「電話、セルトから?」
「あ、ミルズさん!聞いてくださいよ、セルトってば……って、ミルズさん、その荷物…?」
二階から下りてきたミルズさんの肩に、大きめの鞄が掛けられているのを見て、嫌な予感がした。
「ああ、これ…?えーと、ちょっと、ね」
「もしかして、ミルズさんもお仕事…?」
ミルズさんはイタズラが見つかった子供みたいに、ばつが悪そうな表情で頷いた。
「そんなあ…せっかくお祝いの準備してたのに」
「ごめん、緊急の仕事なんだ。今回は一週間くらいで終わると思うから。
 悪いけど、先にお祝いしてて」
不満そうな私の頭をくしゃりと撫でると、ミルズさんは慌しくバールを出て行った。

「………」
あとにはぽつん、と残された私。
奥のキッチンでは、私の「特製料理」が、鍋の中でくつくつと微かな音を立てていた。
…せっかく、張り切って準備してたのに…
せっかくのお祝いムードに水を差された気分だった。
お料理、どうしようかな。


****


結局、セルトとミルズさんが仕事を終えて帰ってきたのは、お正月を十日も過ぎてからだった。
ようやく三人揃ったお祝いの席には、セルトが作った料理と一緒に、
お正月に食べるはずだった私の特製料理が、テーブルいっぱいに並んでいる。
魚の代わりに肉を入れたお雑煮、焼き餅にお汁粉、
それから時間が空いたのをいいことに、簡単なおせち料理まで作った
(和風の食材が見つからなくて、結果かなり洋風っぽい創作おせちになっちゃったけど)
から、食卓はかなり賑やかになった。
そこへセルトがお祝いのお酒を出してきて、グラスに注ぐ。

悪かったな、これ、正月に食べる料理だったんだろう?」
ちゃん、先に食べてても良かったのに」
申し訳なさそうに言うセルトとミルズさんに、
「良いんです、こういうのは一人で食べても美味しくないもん。それに」
料理を小皿に取り分けていた私は、いったん言葉を切って、
「私にとっては、ミルズさんとセルトと私、三人揃った瞬間が本当のお正月だから。
 だから、今日がお正月ってことにします!」
満面の笑みで新年の挨拶をすると、セルトもミルズさんも笑ってグラスを上げた。


月並みだけど、今年も良い一年でありますように。
――Buon Capodanno!――






文中の「Buon Capodanno!」は、イタリア語で言う「あけましておめでとう」です。
ていうか、いい加減はっきりさせたいんですが、留学編の舞台ってイタリアで良いんですよね?
ブレラもシエナもトリエステもリグリアも、イタリアの地名だし…どうなんでしょうか?



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